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たらららー、たーらーららー

私に過去の存在を証明することはできない。
ただ、今が在る、という感じの中でしか私は存在し得ない。
当然であるが、未来の存在も証明はできない。

この歳になると社会人として見る社会人に会うことが増える。
社会人自体はネットでそれなりの数を見てきた。
だが僕は彼らをゲームをする知人として見ていただけであって彼らを社会人としては認識していない。
だから社会人として見る社会人に会うことができ始めたのは一種新鮮な感覚である。
彼らに僕は必ず質問することがある。
・なぜその仕事についたのか
・なぜその仕事をまだ続けているのか
この二つである。
仕事の楽しさや苦悩はこの二つの質問で出てくる。
それでいて多少のディティールさも出てくるのだ。
僕はいつもこの質問をするときに、「失礼なんですが、答えたくなければ答えなくてもいいんで」と前置きをする。
現に何人かの人は答えるのをはぐらかしている。
僕はそんな人たちを非難しない。
元よりこれは僕に話す必要がないからだ。
だがそんな一方で熱く語る人もいる。
「僕は好きなことを仕事に選んだ。お金はまだ儲かってないけど、儲かっていく算段は立っている。その算段には苦悩もあるけど、前提が好きなことだからそれでも楽しい」
聞きたいことはまだある。
・これからどうするつもりなのか
・そしてなぜそうしたいのか
この質問は聞きたいだけであって聞いてはいない。
人が行動を起こすときには理由があるものだが、その理由は理屈なのか感性なのか、全て感性で行動できればそれほど高尚なこともないだろう。
そろそろ僕も仕事について考えていかないといけない年齢になってきた。
仕事も感性で続けることができれば良いと思う。

「はやたんはいつも主人公やね」2年ほどお世話になっている美容院で、いつも担当してもらっているKさんがそう言った。
もちろん、はやたん、というのはネットの便宜上でそうしているだけである。
「どういうことですか?」
「なんか、いつも自分が中心で回ってるみたい。別に周りのことを考えてないって意味やないんやけど、いつも自分が主人公で、全てのことがはやたんにとってはやたんのためのストーリーみたいなんよね」
僕は他人の目が気にならない。
僕は僕の理念に従って動いているだけだし、僕の行動を他人がどう思うかなど僕の理念には何ら関係がない。
もし僕の理念が間違っていると思えば意見を出してくれればいい。その意見は考慮する。
だが意見もなしに闇雲に賞賛したり批判するようなのは相手にならない。
僕にとって他人の目は気にする必要がないものなのだ。
自分の徳を実行し続けていれば、いつかは誰かが着いて来るだろう。
逆に、誰かに着いて来てもらう為に誰かの徳を実行するなんてのは馬鹿げた話だ。
こう考える人間は他人からするといつも主人公に見えるのかもしれない。

ああ、そういえばクリスマスだね。うん。ふぅ。で?いやもうさ。バイトも入ってないわけ?判る?・・・・・・・。マジ、何もすること無いわけ。いつも通りなわけ。それなのに周りはノリノリなの。このギャップ。マジ不愉快っていうん?もう少し皆落ち着けよ。騒がしくてオレの読書が捗らないだろ?

「まことに小さな国が、開化期を迎えようとしている」
こうして『坂の上の雲』は始まった。
原作、司馬遼太郎。
明治維新。
260年続いた幕藩体制が崩れ、日本に近代国家が誕生した。
そのたった37年後に大国ロシアとの戦争、日露戦争での勝利。
国土は狭く、石油もなければ金属も僅かな国が、どんな躍進をしたというのだろうか。
明治維新直後をとある3人の男を軸に展開する。
一人は俳人、正岡子規。一人は子規の友人であり、のちに日露戦争の海戦を勝利に導いた秋山真之。一人は真之の兄であり、真之同様日露戦争にてコサック兵を破った秋山好古。
中でも真之がメインで語られている。
まだ2話しか放送されていないが、素晴らしい出来だ。
原作を読もうか悩んだが、ドラマの出来があまりにも良いので原作を読むとドラマに失礼な気もする。
だから読むのは控えようと思う。
今年5回、来年4回、再来年4回の放送で完結の予定だそうだ。
気の長いドラマである。
しかし、この出来なら文句は言えないだろう。
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by xtu_ltu9981 | 2009-12-10 16:51 | 徒然なる希望と絶望

たんたーたーらーたらー

私とはこのパソコンではない。
このパソコンは私のパソコンではあるが、私のパソコンであって私ではない。
私とはこの猫ではない。
この猫は我が家の猫ではあるが、私の猫であって私ではない。
私とはこの身体ではない。
この身体は確かに私のものではあるが、私の身体であって私ではない。
このように私とは、~ではないもの、としては正確に言葉にできる。
私は、私とは何か、と問いながらも私とは何かをすでに知りえているのである。
今まで私は私という言葉を使い間違えたことがないと言い切れるであろう。
私はこんな行動を取ったのだろうか。
この疑問は私に対する疑問ではない。私の行動に対する疑問であって私は私を疑ってはいない。
私はこの考えを持っているのだろうか。
この疑問は私に対する疑問ではない。私が持っている考えに対する疑問であって、私は私を疑ってはいない。
私とは何であろうか。
この疑問は私が見る私に対する疑問であって、表象としての私を疑っているわけであり、真に私を疑っているわけではない。
私は私を疑ってはいない。
では、疑問とは何であろうか。
疑問とは表象を作り出す方法である。
私が私を疑っていないのは、疑うという行動自体に私が私を疑っていないことを含むからである。
だから私は私を疑うことがない。
一般人が考える私とは、どこにでもある石やライターやパソコンと同じだ。
一般人が考える私とは、さっき取った行動であり、さっき言った言葉であり、さっき考えた意見であり、さっき感じた痛みであり、さっき得た知識である。
確かにそれは一般人が考える私を作り出す一部であろう。
だが真の私はそこに存在しない。
一般人が考える私とは真の私にとっての表象に過ぎない。
真実を見極めようとするのならば、表象に惑わされてはいけない。
冷静に洞察することが唯一真実に辿り付く方法である。

吾輩は猫である、を読み始めた。
そろそろ読書の季節である。
読書の季節は秋というがあれは嘘だ。
秋は心地がいいから眠くなるし、気温が気持ちいいから外に出たくなる。
それだと読書は捗らない。
冬は寒いから布団に入るし、布団に入っても寒いから寝ることはない。
だから読書が続く。
何より冬はその貧しすぎる陽気が神経を機敏にし、頭を働かす。
本はそういったときに読むに限る。

僕は高校生か20代後半の女性にしか振り向かれないらしい。
年下の子かけっこー年上でなはない19~25歳くらいは対等であろうがするために負い目を感じるか反感を得るかのどちらかになるようである。
と言われたのだが僕はそうとは思っていない。
そこもフォローできなければルパン三世にはなれないのだ。
というかね。僕は22~25がいいの。
絶対領域ってわかるよね。うん。あの良さが判らないやつはいないはずだ。
あの領域を巧く使えるのはある程度熟した22~25がいいわけ。
26以上になり始めると顔の肌が劣化してるし、若い子は脚が細いのと全体的なバランスが若すぎて艶かしさがないわけ。
ついでに言えばまずは顔であり、その後に脚を基準にした全体的なバランスを僕は見るの。
脚を基準にしてるだけであって胸とかのバランスも大事なわけね。
脱がれたときあまりに貧弱だったら顔に出てしまうよね。残念な気持ちが。
まぁBあればいいけど。
僕は現に見たことがないけど、AVなんかで胸が大きい女性って乳首がアンバランスすぎるのがいて吐き気を催すようなことがあるよね。
あんなんに当たってしまうと最悪だね。もう好奇心に任せて、どうしてこうなってしまったんだろう。と考えながらエッチするしかなさそうだよ。
逆に純白で潔白の白い雪のような女の子なんてのも嫌だね。そういうのは触りたいけど触っちゃダメな存在だよ。ベルセルクで言えば転生後のグリフィスみたいな感じかな。そんなのに触っちゃ自分のアイデンティティが壊れちゃいそうで怖いね。
それと僕は性格を全然考慮しない。人は誰しも悩みを抱えてるだろうし、どんな行動にも理由がある。その考えを蔑ろにするなんてナンセンスさ。だから考えが間違ってると感じれば誠心誠意でその考えを正そうとするし、僕の徳というものを示して相手の徳を潰すんだ。それが正しいと思うよ。
だから戦争の発生条件は理解できる。
まぁ戦争もネットワークの進化で絶対減ると思うし、世界は平和に平和へ向かっている。
共通感覚や常識って言われるやつはコミュニケーションとかの情報交換が盛んになればなるほど共有されるものだし、そこが近い将来の平和として向かっている目的になるだろう。
国と国の話じゃなくてもこれは一人と一人の話にも適用する。信頼にはそれなりの理由が必要だ。理由もなしに信頼なんてできはしない。基本的にそれは時間がかかるけど、もしかしたらたった一つの眼差しやたった一言やちょっとした仕草だけでも信頼は得れるかもしれないんだけど、やっぱり時間はかかるものだ。
いつかは言葉は共通になり、国境もなければ差別もなくなるかもしれない。
エネルギー問題が完璧に解決すれば、あらゆる組織が閉鎖的になって鎖国のような状態ばかりで身内でしか交流を取らないかもしれない。
そしていつかは全て滅びるだろう。

思いつくままに書いてみたら、どうしてこうなった状態だ。
最初は女の子の話で最後は平和の話になっている。
これは最早僕にとって平和には女の子が必須と言っているようなものだ。
いやはや、全くもってその通りである。
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by xtu_ltu9981 | 2009-12-08 15:49 | 徒然なる希望と絶望

ちゃっちゃー、たったー、ちゃっちゃー、たったー

工学の研究で得たものは10年、長くて50年後には利用価値が生まれるだろう。
理学の探究で得たものは50年、長くて100年後には利用価値が生まれるだろう。
哲学の探究で得たものは100年、長くて500年後には利用価値が生まれるだろう。

『ある/ない』『無限/有限』『複数/単数』『必然/偶然』
これらの言葉は両立することがない。
ここに命題「時間には始まりがあるのだろうか?」がある。
この命題に対しての答えは『始まりがある/始まりがない』のどちらかだ。
A.始まりがある
 始まりがないとしよう。するとどの時間点からしても無限の時間が過去に流れていたと言うことになる。
 では、なぜ未だ宇宙の温度は一定ではないのだろうか?
 この現象は時間が恐ろしくかかるとは言え有限な時間で起こる現象である。
 有限な時間で起こるはずの現象が過去に流れた無限の時間で起こっていないのはおかしい。
 だから始まりがある。
A.始まりがない
 始まりがあるとしよう。
 しかし時間が始まる前に時間が始まる要因があるとは考えれない。
 だから始まりがない。
おかしなことに『ある/ない』が両立する。
そうなると論理的や合理的と言われるものの存在意義は怪しい。
こういったものはアンチノミーといわれる事象であり、他に空間、質、因果がある。
部屋の本棚には小中学生の頃に買った時間や空間に関する物理学の本が並んでいる。
最近は時間や空間に対する解釈が哲学的な方向に向かっているが
どちらにしろ、これらに対する興味は尽きない。

東のエデンのレビューまだ書いてないな。
といいながらPomeraの方にはレビューのデータがあるんだが移すのめんどくさい。
簡単に書こう。
ついでにネタバレある程度含むので東のエデンを見た方だけ読んでください。
ブログ閲覧者自体少ないのは確かだが、一応閲覧している人もいるようであり、尚且つ東のエデンは見ても損がないと言える作品だからである。
さて、スタート。
本質的なストーリーは青年(主人公)と少女(大学生)の信頼関係を描いたものだ。
映画と違い何時間もあるアニメやドラマは何個ものストーリーが多次元的に絡み合っているものが多い。
だから人によってメインストーリーが何であるかは違う可能性がそれなりにある。
僕は信頼関係が主軸だと感じた。
アニメーションクオリティーと展開速度も良かったし、信頼関係に対する演出、表現は良く出来ていたと思う。
難点を挙げるとすれば主人公の心情を一部、僕は把握できなかった点だろう。
具体的に言えば、記憶を消した理由が弱い。
疲れた。とかならまだしも、辛いから。というにはあまりにも弱い理由だったと思う。
信頼関係を語るにあたって用いた表向きのストーリー自体にも信頼を用いたかったため無理なストーリーに仕上がってしまったんだと思うんだが
宮崎駿がこんなことを言っていた。
「この絵はダメだ!自分が描ける絵を描いてるだけだ。絵を自分の枠に収めてはいけない。描くべきものを描くんだ」
設定とかの発想は面白かったけどね。
まぁ良作。

と、ね。
こういう「見てない方は読まないで」とかね。
親切半分だろうけど、こういうの見ると苛立つね。
投稿者に苛立つのもあるけど、どっちかっていうと自分に苛立つよね。
「見てねー。なんでこの作品に対するレビューとか書くんだよタイミングわりーなー。あー見る暇がー」
という自分に対する苛立ち。
見る気がなかったら少し勿体無い気持ちを一時的に持ちながら読んで、すぐ忘れるんだけど。

次見る作品は『精霊の守り人』の予定。
東のエデン、攻殻機動隊と同じ監督である神山健治が監督した作品。
この人のはなかなか面白い!
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by xtu_ltu9981 | 2009-12-02 12:51 | 徒然なる希望と絶望