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ちゃららーららー

さて、裁判員制度が導入されてから数ヶ月経ちました。
つい数日前に裁判員制度を使った2回目の裁判が行われたとかなんちゃらを新聞で見た覚えがあります。
数ヶ月も経ってるのにそんなちょっとしかやってないのかー、と裁判に無知な感覚が僕にはあるんですが
とりあえず従来と比較してみましょう。

裁判員制度とは、一部の裁判に国民からランダムで選ばれた数人が裁判の判決に干渉するってことだったかな。
何人だったっけ。
と言うほど無知なわけです。
判決を出すに当たって、従来は法律だけを使っていたのに対し
裁判員制度は法律以外にも国民の意見を強く取り入れよう。というシステムなんだとなんちゃって理解する。

まぁしょうじきこの分だと裁判員制度は良いシステムと言わざる得ない。
一般市民への負担が僅かに増えるのは確かだが、そんなのは些細なこと。
もし裁判員制度を批判するなら他の論点を作らなければならないのだが
さてそこはどこだろうか・・・

僕が最も裁判員制度に対して疑問視するとすれば、法律の在り方である。

さて、皆さん、法律とは何でしょうか。
発生は簡単でしょう。
昔から人(生物、物体)には社会があり、社会があるならルールがありました。
それをできるだけ細かくに言語化したものが法律です。
まぁ法律ってルールですよね。
ここ(国なり、学校なり、会社なり)で生きていくにはこのルールに従ってください。従わない場合は貴方より強い力でルールに従って罰則を与えます。
法律を犯した者の方が強い力なら、それが法律になるわけです。
しかし僕はここで疑問を持ちざる得ない。
法律とはそういう在り方で良いのだろうか。
強い力が少数派という可能性もあるわけです。
元より法律とは強い力や弱い力に関係なく、一つの基準として在るべきではないのか。
法律を変えることが出来る以上、力に関係なく在り続けることは不可能だが
法律とは本来そういう在り方をすべきではないのだろうか。

これは一種の理想である。
しかし法律がそう在るべきなら
法律のみの力で判決が左右されなければならない。
ならば裁判員制度は導入すべきではなかった。と言う反論が可能になる。
理想は理想に過ぎないのだが。

と書きながら十数行前から気づいていることがある。
どう考えても事象を法律のみに照らし合わせることなんてできない。
照らし合わせるのは誰ですか?
裁判官、弁護士、検事など人が絶対携わるわけです。
人が携わるなら少数より多い数から取った平均値の方が安定する。
サイコロを10回振るより100回振った方が、とある目が出る確率が1/6に近くなるのと一緒ですね。
まぁこれは理想の範疇で語るなら、理想に近づけるために法律の専門家だけで判決を出すべきだともいえますが。

しかし実際問題、法律は完璧ではない。
法律を作るのは政治家だが、政治家が法律を作るのは何かと時間がかかる。
政治家を選ぶのは国民だが、国民が政治家を選ぶには何かと時間がかかる。
両方をあわせると世論が法律に反映されるにはとにかく時間がかかるのである。
法律の発生が社会に反映されたルールであるなら
その反映速度は早い方がいい。
じゃあこの裁判員制度はやはり良かったのである。

しかし僕は法律の在るべき姿が社会に反映されたルールとは思っていない。
もし理想の在り方をしているルールがあるとすれば、それは物理法則であるのだが。
人は神の領域に立ち入れてはいない。





ぶっちゃけテキトーに書いた。
読みにくかったらすいません。
意見あったらどうぞ。
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by xtu_ltu9981 | 2009-08-16 13:58 | 徒然なる希望と絶望