とぅ、とぅるとぅるー

相対性理論はその名から推察できるように、相対性が重要な理論である。
そのため、相対性理論を知った人間には「世の中は相対的で基準がない!」と言い張る者もいる。
それは大きな勘違いで、相対性理論の相対性が示す意味はそうではない。
確かに、相対性理論は基準そのものが他の基準と相対的に存在し、いつも同じ値を踏むとは限らない。
だが、常に変わらないものがある。
それは、どう相対的であるか、だ。
その、どう相対的であるか、を明確にすることにより、結果も明確にしようとする理論が相対性理論である。

僕には確固たる立場などない。
それは社会的な立場という意味ではなく、僕個人の考えとしての立場だ。
ある時は唯物論を支持するだろうけど、ある時は唯物論を非難する。
僕の立場はころころ変わる。
周りの環境によって、すぐ変化する。
それでも変わらないものがある。
それは僕が周囲に対しての、姿勢、である。
情報をどうやって解釈していくか、それだけが変わらない。

変わり続ける姿勢は、変わらない。
僕が1年前ほどに思いついたキャッチフレーズだ。
元々は車のCMを見ながら、僕だったらどんなキャッチフレーズを用意するだろう、と思って考えた。
主語が違うから矛盾はしていない。
主語をつければこうなるだろう。
行動は変わり続けるが、私は変わらない。
ここで言う、私、とは、相対性、もしくは、情報の解釈方法、となる。

僕たちはいつも、結果に振り回される。
なぜなら、目に映るものは全て、結果でしかないからだ。
世の中に溢れてる情報は全て、結果だ。
しかし、目に見えなくとも、結果にはそれを支えるシステムがある。
そのシステムが、結果に振り回される僕たち、にも存在する。
振り回されてるのは結果だ。
本当に大事なものは、変わらない。

独自のシステムを持っている人の話である。
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by xtu_ltu9981 | 2010-08-31 07:56 | 徒然なる希望と絶望


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