たらったったたーららー

僕は高校時代、社会との交流を断ち切ろうとした。
僕と社会の不一致に怒りと虚しさを感じていた。
周りの人間が馬鹿ばかりに見え、憐れとも思えた。
同時に、自分もその馬鹿たちの一部だということに反感を覚えた。
思い込みたかったのかもしれない。
僕は他の誰とも違い、僕には特別な力があり、僕は誰よりも優れていて、僕は馬鹿じゃない、と。
途端に僕は虚しくなる。
他人と比較してばかりの自分が虚しい。
アリが見たら笑うだろう。オレには違いが判らんぞ、と。
僕はどこまでいっても馬鹿の一部だ。
怒りは虚しさを呼び、虚しさは怒りを呼ぶ。
僕はそんなループに疲れた。
だから僕は社会を拒絶した。
拒絶することしかできなかった。
それは今でも変わらない。拒絶は僕にとっての逃げ道だ。
拒絶していると確認することで僕は僕を保つことができた。
皮肉な話だ。
拒絶することしかできない人は一生社会を拒絶する。それなのに、社会から脱することはない。
単純な話である。
僕は社会を拒絶する。
しかし、社会の一部である「拒絶」自体を僕は拒絶できない。
僕はここで自分の限界を知る。
拒絶という見えない地面に這い蹲い、地面から離れない。
離れようとしても離れることができないことを僕は知っている。
少し、僅かに、ちょっとだけならジャンプすれば離れることはできるだろう。
だがどうせ落下する。
落下しなければ地面が上昇する。
見上げれば天井があり、僕はその天井が何の地面なのかは判らない。
僕が乗っているこの地面は一体何の天井なのかも判らない。
僕は僕のことしか判らない。
そんな、誰もが知ってるはずなのに、誰もが判らない、そんな不確かな場所に僕はいる。
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by xtu_ltu9981 | 2009-02-12 08:34 | 徒然なる希望と絶望


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